中卒 就職

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中卒 金の卵の時代背景

戦後初の高度経済成長期を迎えた1950年代には、終戦後の大就職難時代とは打って変わって求職者の何倍もの求人が殺到し、その労働力として地方からの中卒者の需要が求められ「集団就職」という社会現象まで起こりました。

 

1960年代には高校進学率が上昇し、中学校卒業者の絶対数が不足し、中卒就職者は金の卵といわれるほど貴重がられたのです。

 

労働条件の劣る一般商店や中小企業への就職希望者は少なく、鉄鋼、造船、電機などで急成長した大企業にとっても低賃金労働力の需要は非常に多く労働力不足は深刻な問題で、集団就職列車を運行させるなどして地方からの中卒労働者を確保するために必死でした。

「集団就職列車」

地方の中学校から労働力を集めるために、元教師が中学校に土産を持参して訪ねたりとか、「定時制高校に行かせるから」という話をしたりして親に土産をわたすなど、人買いといわれる程に求人に苦心したものです。

 

このようにして人集めをして集団就職列車を走らせ、地方から多くの中卒労働者を集めることに成功しました。

 

地方からの集団就職列車は20年間にわたり地方から東京、大阪、名古屋などに中卒者7万人を運びました。

中小零細企業の中には大企業より賃金を高くして中卒者を集めたところもありますが、中卒者の離職者は労働条件が悪いためか多く、毎年中卒者の求人に走らなければなりませんでした。

 

しかし、時代と共に中卒者の減少、質、厚生施設などの設備投資のコスト増などにより、流れ作業などによる作業の単純化も伴い、それに代わる労働力として近隣の通勤範囲に住む中高年の女性労働者に労働力を求めるようになりました。

 

このようにして時代と共に中卒者の金の卵時代も終わりを告げたのです。

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